第5話 日曜大工のできないガレージ

すぐそこのアスファルトに、ポツンと一つ点が付いて色が濃くなった。繕明が2歩進むと、一気に点が3つに増えた。矢継ぎ早に点がアスファルトを満たし始め、あちこちでまばらに鳴っていた衝撃音がノイズに変わる。
 目にうつる景色の色が一段トーンを下げた。
 雨だ。
 繕明は持っていた傘をさした。
「やっぱり車で来るべきだったかな?」
 今回の片づけ先は極めて近所だった。阪急西院駅を越えた向こう側、京福山ノ内駅の近くだ。
 今朝の天気予報は聞いてはいたが、1キロ強くらいの距離なら散歩にちょうどいいと思って歩いて来た。でも、実際に降られてみると違うものだ。
 府道を流していく車を何気なく眺めていると、かすかに聞こえた動物の鳴き声に耳をつままれた。
 つい立ち止まってしまう。聞こえた方向に目を向けると、100円スーパが目に入った。
 繕明は耳をすませてみた。ややあって、犬特有の鼻を使った鳴き方がはっきりと聞こえた。
 その哀しげな響きが耳についてしまい、繕明は思わずどこから聞こえているのか鳴き声をたどり始めた。
 100円スーパーとビルの間の駐車場に入る。奥に行くにつれて、鳴き声は比例して大きくなる。
 さらに歩を進めると、鳴き声がくぐもっていることに気付いた。
「多分あれだな」
 独り言をした繕明は、建物の隙間に置いてある段ボール箱を目指す。
 バレーボールぐらいのそれは、雨に濡れて灰色っぽくなっている。屈み込んでみると、中から鳴き声がした。
 子犬だ。
 そう確信した繕明は100円スーパーに取って返した。100円スーパーなのに300円で売られている透明な傘とマジックペンを買って戻る。
 段ボール箱に雨が掛からないようにさしてやり、ペンで『拾って下さい』と書いた。
「拾ってやることをできないんだ。これで許してくれな……」
 それに答えるように箱の中から哀しそうな鳴き声がした。
 繕明は短い溜め息を吐いたあと足早にその場を離れた。

 この辺りの家にしては割と広い敷地を持った家だ。飛び石の足場以外は芝生が敷き詰められている。景気の好さそうな門構えの前で待っていると、やたらと体格の良い男性が出迎えてくれた。
「今日はよろしく」
「どうも、揃江繕明です」
 多田良直樹と名乗るその男性は、知人から紹介されたとのことだったので、繕明は名刺を渡しておいた。
「早速なんだが、こっちがガレージだ」
 筋肉隆々の太い腕が伸ばされた先に真っ白のガレージがあった――その上辺からカーポートが張られていて、車が駐車してある。
「車を入れてないんですか?」
「車って見られてなんぼでしょ? ガレージに隠すなんて庭のない家のやることですわ」
 がはは、と大柄に笑ってみせた直樹は、リモコンを取り出してガレージのシャッターを開けた。
「非番に家にいても、あんまりやることがないもんでね。日曜大工でも始めようと思ったんだが、どうにも工具を出しっ放しで忘れちまうもんでねぇ。散らかったガレージを見たカミさんに「娘が怪我でもしたらどうすんだ!」って噛み付かれたんですわ。そんで、人伝に聞いたあんたを呼んだ次第で――」
 上がっていくシャッターの真下に落ちていた電動ドリルを手始めに、電動かんな、電動カッター、玄能、三徳金槌、各種釘の箱、サンドペーパー、スケール、鉛筆……。それと、まったく用を成していない道具箱が、壊れて文字通りに散らばっていた。
「出っ張ってるなぁ……」
 繕明の言葉に直樹は小首をかしげる。
 ガレージに入った繕明は、床の工具を蹴らないように気を付けながら中を見回した。
 かなり広いその中に、目当ての物を見付ける。
「あれを使ってもよろしいですか?」
「どれ?」
 繕明が指さしたのは資材置き場にある合成木材の板だった。
「べつに構わんけど、なんのために?」
「これは『ディスプレイ型』で整理していこうと思います」
 『ディスプレイ型』とは、簡単に言えばスーパーなどで用いられる商品陳列方法を応用した整理方法だ。この方法は工場などの作業場でも使われているものなので、ガレージ内の整理には打って付けなのである。
 頭に浮かんだ設計図通りに棚を作り始めた。高さは上下二段にする。腰より下までに高さをおさえることで、工具が落下した時の危険性を下げておく。もちろん電動工具などの重い物は下の段だ。
 合成木材は粘りのある木が使われているので耐震にも期待できる。
「なんで棚板を斜めにつけるんだ?」
「奥に向かって少し傾斜をつけておけば、地震の時に棚の物が落ちる危険を効果的に下げることができるんです」
「ああ、なるほどねぇ」
「あと、これだけ広いんですから、作業台は置くべきですね。なるべく立ち仕事で作業するようにして下さい。出した物は片づけるが基本ですが。『立つ』・『座る』の動作で人間は意識を切り替えてしまうので、その動作を少なくすることで道具のしまい忘れはおのずと少なくなりますよ」
 時計が午後3時をまわった頃、雨が上がった。
「あとはお一人でできますね?」
「おお、助かったわマジで。これでなんか美味いもんでも食ってくれ」
 直樹は満面の笑みで一万円を突き出してきた。
「いいえ、今日は旅費は掛かってませんからいいですよ。それに、これは僕の趣味ですから――」
「いいから、取っとけって」
 まだ断ろうとする繕明をよそに、直樹は綺麗になったガレージを眺めている。
「ああ、こんなガレージを見たら、なにか作りたくなってくるなぁ。しかし、なにを作ればいいか分からない」
 などと哲学者のようなことを言いながら、新しい玩具を前にした子供のような目をしている。
「それにしても、広い庭ですね。犬でも飼ってそうな感じの庭だ」
 繕明は綺麗に刈り揃えられた芝生を見やった。
「犬か? ああ、飼ってもいいと思ってるんだがな。カミさんがペットショップ嫌いでよ。俺も生き物を買うなんて納得いかねぇんだ」
 その答えを聞いてばっと振り向く。
「飼ってもいいとお思いなんですか?」
「ああ、まぁな。俺の仕事って勤務時間が不安定でよ、なかなか家にいられねぇんだ。だから、カミさんと娘を守ってくれる番犬でもいてくれりゃ、気休めにはなる」
 繕明はぱっと笑顔になった。
「じゃあ、連れてきます!」
「えっ?」
 繕明が玄関を出ようとしたその時、小さな女の子が入ってきた。
「こ、こんにちは」
 驚き顔で挨拶をされる。繕明も挨拶を返そうと思ったが、目が少女の手元に釘付けになった。
 あの段ボール箱を両手でしっかりと持ち、支える腕にアニメキャラクターを印刷した傘と透明の傘を引っ掛けている。
「おう、美穂お帰り」
 片手を上げて迎える直樹に、美穂は恐る恐る切り出した。
「パパ、これ」
「なんだ、それ?」
 直樹に訊ねられた美穂が段ボールを置いて蓋を開けた。中にはタオルが敷き詰められていて、その上で白い子犬が震えていた。多分、レトリーバーの一種だろう。こちらを向いた顔は不安に染まっているようで、目がくりくりと周りを見回していた。
「パパ、あのね、この子――飼ってもいい?」
「よし! 飼うか!」
 打てば響くように直樹は答えた。
「まずは、そいつを暖めてやんなきゃな。そしたら、パパは犬小屋造りだ。美穂はそいつの名前を考えろ」
「うん!」
 美穂が元気な返事をすると、多田良親子は家の方に歩いて行った。
「では、私はこれで失礼します」
「おう、今日は助かった。ありがとうな」
 手を振ってきた直樹に手を振り替えした繕明は多田良家を後にした。
「やっぱり、箱を開けなくて正解だった。あの顔を見たら拾っちゃってたよ」
 空を見上げると、雲間から差し込んできた陽射しが、まるでカーテンのように輝いていた。

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この記事を書いた人

付焼刃俄
付焼刃俄 公式HP
ライター兼作家【活動エリア】大阪府 T市
小説家を目指してただいま修行中。
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