第13話 よく似た親子 300Lサイズの冷蔵庫と庭木

 府道2号線に乗って大阪市内に入った。
「はぁ……」
 ――もう何度目だ?
 繕明はそう思いながら、またまた嫌そうな溜め息を吐いた。

 〝たまには帰って来なさい〟

 数日前の留守電に吹き込まれていたメッセージ。一声で母親だと分かった。
 多くの人の子供が大きくなってそうなるように、繕明も実家に帰るのを面倒に思う部類の人間だった。
 特に理由は無い。ただ、一度家を出て自立してしまうと、急に敷居が高くなったような気がしてくるから不思議だ。
 心なしか車の中まで寒い。久々にクローゼットから引っ張り出したジーンズの腰回りが気になるし、セーターの袖が妙にくすぐったい。
 ここまで来たなら、あとはもうあっという間に――。
 着いた。
 門は構えておらず、平屋の正面にそのまま車を入れられるよう、広くコンクリートが拭かれている。市内に建っている住宅にしては見た目に珍しい。
 父親が造園職の事務所代わりに使っているプレハブを左に眺めながら、繕明は車を敷地内に回し入れた。
 車を降りてロックを掛けていると、模様ガラスのはめ込まれた玄関が開いて母親が顔を出した。
 背が低く、歩く度にチョコチョコと音がしそうな身体で、癖っ毛の短髪を揺らしながら歩いて来る。
「お帰り」
「うん」
 〝ただいま〟
 と言うのは、なんとなく違う気がする。
「なにか用でもあるの?」
「用がなきゃ息子を呼んじゃいけないの?」
「べつに……」
 言いながらくぐった玄関の向こうは、他人の家にある独特の匂いがした。
「そうだ、カステラがある」
 言うなり母が開けた冷蔵庫を見て、繕明は声を上げた。
「なんだよ母さん、このあいだ整理したのに――」
 母をどけて、冷蔵庫に顔を突っ込む。
 観音開きの冷蔵室には野菜からなにからぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。なのに引き出した野菜室はガラガラ。新古の区別をつけるために入れておいた整理用のカゴが寒々しく並んでいる。
「これじゃ、野菜室の意味がないよ」
 繕明は冷蔵庫内の片づけを始めた。
「一カ所にこんなに詰めたら、どんなに高性能な冷蔵庫でも冷却効果がなくなって食材の足が早くなるよ。それに、奥の方に押しやられた物は使い難くなるし――ほら、この椎茸干涸らびてる」
 カリカリになってしまった椎茸は捨てて、まだ食にたえそうな野菜を野菜室に移し、中でも古そうな物は手前のカゴに入れた。
「どれだけ整理しても、それを習慣にしなかったらいつまで経っても変わらないよ。なにか、生活のアクションに整理することを引っ掛けなきゃ。買い物から帰って来たらすぐに片づけるとかさ――」
「はいはい」
 繕明は態(わざ)と不満げに言ってみせたが、母は楽しそうにこちらを眺め、カステラをつまみながらお茶をすすっていた。
 はぁ……。
 吐きそうになった溜め息を繕明は飲み込んだ。
 そこに、父親が勝手口から入ってきた。
「お――、ヨシか?」
 電柱を思わせる長身を作業服で包み、そのてっぺんにはごま塩の蓬髪(ほうはつ)が乱れている。バリカンがあれば角刈りにでもしたくなる髪型だ。
「清子、こいつ借りるからな」
 有無を言わせぬ声音の父に、
「はいはい。いいですよ正(ただし)さん」
 と、母は楽しそうに答える。
 二人は、繕明が子供の頃からお互いを名前で呼び合っている。
 高い所から、鋭い視線が繕明に向けられた。
「ヨシ、ちょっと来い――」
 そら来た。
 繕明はなにも言わずに、歩き出した父親のあとをついていった。
 実家に帰って来た時の恒例行事が始まったのだ。
 台所の勝手口からツッカケを履いて裏庭に出る。
 出てすぐに三本の庭木が並んでいて、内ひとつの木の枝は伸び放題になっていた。
 父は用意しておいたのだろう剪定バサミを掴むと、その木に向かっていった。
「葉っぱがある時は葉っぱを、葉っぱがない時は芽を枝の先に残すように切るのが基本だ」
 慣れた手付きで次々に無用な枝を剪定していく父親の背中を、繕明は黙って見つめる。
「もし、枝の先になにもなければ、木は水を吸い上げる力を失って弱くなる。そして、そればかり考えて、全体のバランスに目を向けられなければ半人前だ。いいか?」
 首を使って振り向いた真剣な顔に、繕明はうなづいてみせる。
 すると、父親はまた木に向き直る。
「枝を大きく間引く時は、バランスだけじゃなく残る枝の生長を予測しろ。葉っぱや芽の多い枝は、それだけ水を吸い上げる力が必要だから、その分大きく太くなる。しかし、成長によって身を滅ぼすような木になるかも知れない」
 父は、今度は身体ごとこちらを振り返る。
「人生と同じだ」
 そう言い締めた父は、あとの剪定を黙って続ける。
 ふいに、後ろからクスクスと笑う声が聞こえた。
 振り返ると母が出てきていた。
「なに?」
 繕明が訊くと、母はニッコリ笑う。
「ほんと、よく似てる背中だわ」
 なんだかむず痒い物がはしり、繕明が首筋を掻き撫でた。
 途端に母が吹き出す。
 その視線の先で、父が首筋を掻き撫でていた。

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この記事を書いた人

付焼刃俄
付焼刃俄 公式HP
ライター兼作家【活動エリア】大阪府 T市
小説家を目指してただいま修行中。
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