皆さんは、熊本市慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」をご存じでしょうか。
親が育てられない赤ちゃんを匿名でも預かる全国唯一の施設です。
設置から11年、多くの課題を抱えたまま、赤ちゃんを救う最終手段としての役目を果たしてきました。
「こうのとりのゆりかご」の現状
「こうのとりのゆりかご」は、2007年5月に熊本市の慈恵病院に設置されました。当時、厚生労働省は「こうのとりのゆりかご」の問題点の多さに触れ、法整備されることもなく不安定な存在のまま現在に至ります。
設置から2017年度までに全国から137人が預けられています。遠くは関東や東北、北海道から預けられた例もありました。137人の多くは赤ちゃんですが、中には3歳などの幼児も8人含まれています。想定外の預け入れも多く、海外からの赤ちゃんや、死産児、医療的ケアが必要な赤ちゃんなども預けられています。
慈恵病院は、24時間電話相談窓口を設置するなど、相談体制にも力を入れています。2017年度の相談件数は過去最多の約7500件に上り、妊娠・出産に悩んでいる女性がいかに多く存在するか分かります。性被害、未成年の妊娠、貧困、パートナーのサポートが得られない、周囲の誰にも相談できないなど、悩みは深刻です。
難しい課題
近年、預けられる赤ちゃんの数が減る傾向がありますが、赤ちゃんが遺棄されて亡くなる事件は後を絶ちません。設置から11年が経ち、「ゆりかご」の存在が必要な世代に知られていないのではないかと危惧されています。熊本にしかなく、必要としている遠方の人が利用しにくい現状もあるでしょう。
「ゆりかご」に預けられた子供は、施設や里親、養子縁組などで成長しています。しかし、預けられた子供の5人に1人は今も親が分かっていません。子供の出自を知る権利が守れなかったり、遺伝性疾患のリスクが分からないなど、ゆりかごの「匿名性」ゆえに抱える課題は大きいです。また、匿名で親の意思が確認できないため、特別養子縁組の手続きに時間がかかるという課題もあります。
また、大きな問題となっているのが「孤立出産」です。「ゆりかご」に預けられた137人のうち、半数以上が自宅や車中など、医療的な介助がない状態で一人で産んでいることが分かっています。母子ともに命を落とす危険があり、早急に対策が望まれます。
「内密出産」の導入を検討
慈恵病院は2017年末より、実名を明かさずに出産できる「内密出産」の導入を検討しています。妊娠出産を知られたくない女性が危険な孤立出産を選ぶのを防ぐ目的があります。
「内密出産」は、ドイツで2014年に法制化された制度です。周囲に妊娠出産を知られたくない女性が相談機関にのみ実名を明かし、医療機関では匿名で出産できます。生まれた子は16歳になると、母親の情報を知ることができます。
慈恵病院は、ドイツの「内密出産」制度を参考に、妊娠相談から妊婦健診、出産まで匿名で通すことができるように検討中です。子供の「出自を知る権利」についても、慎重に考えなくてはいけません。
「ゆりかご」や「内密出産」の取り組みは、熊本だけでなく、全国各地で必要とされているはずです。今後、国による法整備ができることも望まれます。
※熊本日日新聞2018年6月5日~8日「内密出産を考える」