「これはまた、まっ平らになったもんだ」 「うん、暇だったから片付けてた」 今回は新幹線に乗って3時間弱、辿り着いた香奈の部屋はこの間とは打って変わって片付いていた――というより飾り気がなくなっている。 床に敷かれていたカーペットが取り払われ、申し分け低度のコスメ類や時計などの調度品は洋服箪笥の上にまとめられている。...
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京都市街西部を南北に走る道路、七(しち)本(ほん)松(まつ)通(どお)り。大(だい)報(ほう)恩(おん)寺(じ)をはじめ周辺には寺院の多く、全長約6.4kmで平安京の皇(こう)嘉(か)門(もん)大(おお)路(じ)にあたる。ATOKの簡易辞書機能付き漢字変換をすればそんな情報が引き出されるこの路も、現在では区画整理され...
話し終えた繕明が窓の方を見やると、窓を叩いていた雨は止んでいた。 「こうして言葉にしてみると、どうにも情けないですね。そろそろ三十になろうっていう大の男が、従姉妹の大学受験が心配で勝手に頭抱えるなんて――」 なんだか軽くなった肩を回していると智恵美が言った。 「揃江さんは、その子のことが好きなんですね~」 「えっ!...
部屋の雑巾掛けをする手を休めていると洗濯機に呼ばれた。蓋を開けて洗いたてになった洗濯物のシワを軽く伸ばしてからもう一度脱水にかける。 クッションフロアの雑巾掛けが済み、ほどなく洗濯機が鳴った。 できるなら外干しにしたいが、バルコニーから見える南の空は機嫌が悪そうだ。繕明は午後からの陽射しを期待して、室内干しするこ...
紙コップという物がある。 我々にとってとても身近な存在であるこれは、実に整えられた形で造られており、ある意味で非の打ち所無く統制が取れた形と言えるだろう。 その何故を語る前に、一歩外へ出てみよう。 ほんのちょっとおもてを歩けば、そこは紙コップのような物達でいっぱいだ。 電信柱、街路灯、溝の蓋、マンホール、用水...
頭の中がぐちゃぐちゃだ……。 木本香奈は机に鼻をくっつけて頭を抱えていた。 本当はすぐにでも泣き出したい。そんな気持ちだけが胸の内で煮詰まっていく。 顔を上げて目の前の勉強机を見た。 数学のチャート式。理科と英語の参考書。大学試験の過去問題集。リスニングとライティングのためのMP3プレーヤーとスピーカー。キッ...
今日のノルマも折り返しにさしかかり、ほっと一息ついた繕明が目をいたわっていると、 「だから、それらのソフトは〝ソフト〟ってフォルダにまとめてあるってば。せっかくの〝内研〟なんだから、しっかり覚えろよ」 後輩の川下勇夫が苦虫を噛みつぶしたような声を上げた。 少々荒っぽい声色に思わず目が吸い寄せられる。 見ると、勇...
十三バイパスの新十三大橋から、梅田の夜景を眺めながら揃江繕明はハンドルを握っていた。 『緊急の用件なのですが――』 冬期連休も最終日を数えたところの夕刻に、こんな電話が掛かってきたのだ。 繕明はよっぽど断ろうと思ったのだが――。 『どうしても! お願いします!!』 と、受話口からでも分かる立礼をされたんじゃあ、...
年末の大掃除とは、一年の総決算的な家内の浄化行事であり、今年の汚れを来年に持ち越さないためにも怠ってはならない。深い深い日本人の心意気なのである。 少し歩けば、あちらこちらの窓から埃が舞い上がっているこの時期、繕明の携帯電話は鳴りっぱなしになる。多い日には1日10件以上も電話が掛かってくるが――。 お察しのとおり...
昼休みに給湯ブースで珈琲の香りを楽しんでいると後輩の川下勇夫(かわした いさお)が紙カップを手に歩いて来た。 「呼ばれていいですか?」 「うん、いいよ」 揃江繕明(そろえ よしあき)は笑いながら勇夫のカップに珈琲を注いでやる。この間、仕事用の簡易システム手帳の作り方を教えて以来なついてくれたらしい。 勇夫はお礼の...
日に日に寒さが増していく。山は紅がまざったまだらに色になり、京都の狭い一画にも木枯らしが吹いて顔が冷たい。 繕明は久々の連休だった。 不況とは言え、やはりIT業界は連日大忙しなわけで、最近は年末だからと立て続けに受注が入っていた。 それがようやく片付き始め、仕事納めに根詰めて失敗するのも良くないので、2連休を頂...
府道2号線に乗って大阪市内に入った。 「はぁ……」 ――もう何度目だ? 繕明はそう思いながら、またまた嫌そうな溜め息を吐いた。 〝たまには帰って来なさい〟 数日前の留守電に吹き込まれていたメッセージ。一声で母親だと分かった。 多くの人の子供が大きくなってそうなるように、繕明も実家に帰るのを面倒に思う部類の人...
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